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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)56号 判決

原告

福永十五郎

右訴訟代理人

寺村恒郎

外一名

被告

右代表者

前尾繁三郎

右指定代理人

恵山立男

外七名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告

一  本位的請求として、

原告が被告に対し、昭和三八年一二月三日付雇用契約に基づく職員たる地位にあることを確認する。

二  第一次予備的請求として、

原告が被告に対し、昭和三九年七月一日付雇用契約に基づく職員たる地位にあることを確認する。

三  第二次予備的請求として、

原告が被告に対し、昭和三九年八月二〇日付雇用契約に基づく職員たる地位にあることを確認する。

四  第三次予備的請求として、

原告が被告に対し、昭和四三年四月一日付雇用契約に基づく職員たる地位にあることを確認する。

被告

主文同旨。

第二  当事者の主張

(すべての請求について共通の原因)

東京国税局長は、昭和三八年一二月三日以降昭和四三年六月二七日までの間、国税庁長官から、東京国税局および同局管内の各税務署に勤務する、用務員たる一般職々員を含む一定範囲の職員に対する任命権を委任されていた。

(本位的請求の原因)

原告は昭和三八年一二月三日被告(東京国税局長代行江東税務署長)との間の雇用契約により、江東税務署の用務員として、すなわち被告の一般職の職員として採用された。しかるに被告は、原告が右契約に基づく職員たる地位にあることを争つている。

(第一次予備的請求の原因)

原告は昭和三九年七月一日被告(東京国税局長代行江東西税務署長)との間の雇用契約により、江東西税務署の用務員として、すなわち被告の一般職の職員として採用された。しかるに被告は、原告が右契約に基づく職員たる地位にあることを争つている。

(第二次予備的請求の原因)

原告は昭和三九年八月二〇日被告(東京国税局長)との間の雇用契約により、江東西税務署の用務員として、すなわち被告の一般職の職員として採用された。しかるに被告は、原告が右契約に基づく職員たる地位にあることを争つている。

(第三次予備的請求の原因)

原告は昭和四三年四月一日被告(東京国税局長代行江東西税務署長)との間の雇用契約により、江東西税務署の用務員として、すなわち被告の一般職の職員として採用された。しかるに被告は、原告が右契約に基づく職員たる地位にあることを争つている。〈後略〉

理由

第一本位的および第一、第二次予備的請求についての判断

一右各請求の原因たる事実(各請求に共通の原因たる事実を含む)は、当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、原告は、任命権者である東京国税局長から、昭和四〇年三月二九日に退職手当として金八、七六〇円の支給を受け、「退職した、退職手当額八、七六〇円を支給する」旨の人事異動通知書の交付を受け、昭和四一年三月二八日に退職手当として金八、〇〇〇円の支給を受け、「退職した退職手当額八、〇〇〇円を支給する」旨の人事異動通知書の交付を受け、昭和四二年三月二八日に退職手当として金五、一六〇円の支給を受け、「昭和四二年三月二九日以後任用を更新しない、退職手当額五、一六〇円を支給する」旨の人事異動通知書の交付を受け、また昭和四三年三月二八日に退職手当額五、六四〇円の交付を受け、「退職手当額五、六四〇円を支給する」旨の人事異動通知書の交付を受けたこと、そして右人事異動通知書には、いずれも任命権者として東京国税局長の記名押印があり、また発令の年月日を記載していることが認められる(以上の事実中退職手当の支給を受けたことは、当事者間に争いない。)。その後今日に至るまで原告が被告に対し右退職手当を支給されたことまたは人事異動通知書を交付されたことについて異議を述べるとか、その返還を申し出るとかした形跡は、本件全証拠によるも、全く窺われない。

これによれば、原告の昭和三八年一二月三日、昭和三九年七月一日および同年八月二〇日の任用形態が、原告主張のように期限の定めのない任命であろうと、または被告の主張するように任用予定期間を限つた日々雇用のものであろうとも、原告は、遅くとも昭和四三年三月二八日までには、被告と合意の上任意退職し、前記任命に基づく一般職の国家公務員たる地位を失つたものと認めざるを得ない。また以上のような事実関係の下においては、原告が同日までに退職したことを争うのは、少くとも、信義則に反するものであつて許されないものといわなければならない。

人事院規則八―一二(職員の任免)第七五条第十号は、職員の辞職を承認した場合は人事異動通知書を交付しなければならないことを規定している。これは国家公務員の辞職の有無とその日時の不明確を避けるために、辞職の形式を要式化したものであつて、人事異動通知書の交付が辞職の効力発生要件と解される余地があるとしても、その記載は、必ずしも辞職を承認するという文言を用いる必要はなく、辞職という事実が文言から常識的に窺えるようなものであれば足りると解する。原告が交付を受けた人事異動通知書には、被告が原告の辞職を承認した旨の明示の記載はなかつたが、それら一連の通知書の文言を素直に善解すれば、そこには原告が退職した事実を承認する旨の表示が含まれているものとみることができるし、しかも任命権者の記名押印と発令年月日の記載に欠けるところはないのであるから、これらの人事異動通知書は、人事院規則の要件に適合するものと認めることができる。

三右のとおりであるから、原告の本位的および第一、第二次予備的請求は、じ余の判断をまつまでもなく、いずれも理由がないものといわなければならない。

第二第三次予備的請求についての判断

一右請求の原因たる事実(すべての請求に共通の原因たる事実を含む)は、当事者間に争いがない。

二最終的退職の抗弁について考察する。

(一)  原告の任用形態

〈証拠〉によれば、昭和四三年四月一日なされた原告の任用は、原告の同意を得て、非常勤の用務員としてなされたもので、任期を一日とし、任命権者が別段の意思表示をしない限り、任用が日々更新される期間すなわち被告主張の任用予定期間を昭和四三年六月二七日までとして、いわゆる日々雇用の形態で行なわれたものであることが認められる。

(二)  期限付任用の許否

1 国公法には、一般職に属する国家公務員を任用する場合任期を定めることができるか否かについて明示的に規定するところがない。

同法第六〇条のいわゆる臨時的任用の規定は、恒常的に置く必要がある官職に充てるべき常勤の職員を任命する場合の特則と解せられるが、それは、必ずしも原告が主張するような意味における特則、すなわち職員の任用は期限の定めなしになされるのが原則であるつて、同法第六〇条はこれに対する特則である、と解することはできない。むしろ、それは、同法第三三条第一項が任免の根本基準として、「すべて職員の任用は、この法律及び人事院規則の定めるところにより、その者の受験成績、勤務成績又はその他の能力の実証に基づいてこれを行う。」ものとしていることに対する特則であると解する余地が多分に存するのである。けだし、緊急の必要があつて職員を臨時に任用する場合など、事柄の性質上、採用について成績主義の原則によるいとまがない場合もあるので、その例外を許容した規定とみられるのである。そうすると、この採用についての成績主義の原則に準拠しなかつた職員を無期限に公務員たる地位にとどめることは、成績主義の原則を紊り、任用制度の正常な運用を阻害する虞れがあるので、特に臨時的任用の期間を厳格に法定して、その弊を避けようとしたものである。したがつて、同法第六〇条の規定が存するからといつて、一般職の国家公務員の期限付任用が原則として禁止されているという論理的必然性はない。採用について、成績主義によらない職員の期限の定めのない任用を許さないということと、成績主義に則つた職員にも期限付任用を認めるということは、論理的に両立し得るからである。また、同法第五九条のいわゆる条件付任用期間の規定は、職員の職務遂行能力判定のために六か月間条件付採用を認めたもので、原告の主張するような意味での特則と解し得ないことは敢えて説明するまでもない。

国公法は、職員の分限免職および懲戒免職の事由を明定して(同法第七五条第一項、第七八条、第八二条参照)、職員の身分を保障している。しかし、一般職の国家公務員の任用に任期の定めをすることが同法の定める身分保障を奪うものであるとする原告の主張も、必ずしも当を得たものではない。何よりも先ず、国公法の定める身分保障とは、公務員が法定の事由および手続によらずして、分限または懲戒処分を受けることのないのを担保するためのものである。公務員の任命行為の性質を公法上の契約と解すると否とを問わず、公務員となるべき者の同意のない任命は無効である。任命に期限の定めをすることについても、任命権者が一方的に設定できるものではなく、相手方の同意を要件とするのである。自らの任命に期限を定めることを同意しながら、後にその期限が身分保障の制度に反するから無効であると主張するのは、それ自体背理であるといわなければならない。のみならず、およそ任命行為に期限の定めをすることは、制度的には、身分保障とは全く別個な問題である。公務員の任命も、公務員が労務に服し、使用者たる政府がこれに報酬を支払うことを約することにおいて、私法上の雇用契約と異ならないのである。そして、私法上の雇用契約においては、使用者と労働者の法形式的平等を実質的平等に高めるために、民法の特別規定として労働基準法が設けられた。この労働者保護立法である同法が、雇用期間を認めながら、かえつて一年を越える長期の雇用契約を禁止しているのである(一三条)。雇用(公務員の場合は任用)に期間の定めをすることが、労働者(公務員)の保護と矛盾しないことは、これによつて明らかである。しかも、右の規定は、一般職の国家公務員にも準用されるのである(国公法第一次改正法律付則第三条)。すなわち、任期の範囲内においては、国公法ないし人事院規則による身分保障の規定が、特段の定め(国公法第八一条参照)ある場合のほかは、等しくその職員にも適用されるのであるから、身分保障に欠けるところはないのである。したがつて、身分保障の関係で該職員が他と不当に差別されているとの主張ないしこれを前提として任期の定めが憲法第一四条、第二七条に違反しているとの主張は採ることができない。

以上検討したところによれば、恒常的に置く必要のある常勤の一般職の公務員を任用する場合であつても、国公法第五九条、第六〇条所定の場合以外に、任期を定めることは、同法上必ずしも禁止されていないものと解すべき余地が充分に存するのである。なお、念のため付言すれば、被告主張のように国公法付則第一三条や人事院規則八―一四や同八―一二の第七四条の各規定が一般職の公務員の期限付任用が原則として禁止されないとの解釈の根拠となるものではない。ところで、常勤の一般職公務員の任用について右に述べたとおりである以上、非常勤の一般職公務員を任用する場合においては、右の「非常勤」が字義どおりのものである限り、任期を定めてこれを任用することは、国公法上少しも妨げられないものと解さざるを得ない。

しかしながら、国公法第一条第一項がうたう同法制定の目的に鑑みれば、少くとも恒常的に置く必要がある官職に充てるべき常勤の職員については、職員の身分を保障し、職員をして安んじて自己の職務に専念させ、以つて公務の能率的運営に資するため、期限の定めなしに任用するのが同法の建前であり、したがつて職員の任期を定めた任用は、それを必要とする特段の事由が存し、且つ任期を定めることがその建前の由つて立つ右の趣旨に反しない場合に限つて許される、との解釈も充分に成り立つのである(最判昭和三八年四月二日、民集第一七巻第三号四三五頁参照)。ちなみに、人事院規則八―一二職員の任免第一五条の二(期限付任用禁止の原則、但し昭和四三年一二月一六日施行であるから、本件には適用がない。)の規定は、右のような解釈を前提として設けられたものと解される。そして右解釈の根拠が右に説示したところに存する以上、その解釈は、恒常的に置く必要のある常勤の一般職公務員についてのみならず、いわゆる非常勤の公務員であつても、勤務の実態が常勤の職員と同様であるような職員については、等しく妥当するものとしなければならない。よつて以下においては、右のような解釈を前提として考察を進めることにする。

2 〈証拠〉によれば、用務員としての原告の勤務時間その他の勤務態様ないしその従事する仕事の内容は、江東西税務署の常勤の用務員であつた石橋正夫のそれと同様のものであつたことが認められる。原告が「非常勤」の用務員として任用されたものであることは、前判示のとおりであるが、右認定の事実によれば、「非常勤」というのは、単なる名目に過ぎず、実質的には原告は常勤の用務員であつたと認めざるを得ない。そうだとすると、原告の前示任用に付せられた任期の定めについては、前項の末段に判示したところに従い、それが国公法上許されるものであつたか否かを検討しなければならない。

3 任期ないし任用予定期間設定の事情

江東税務署が昭和三九年七月一日に江東東税務署と江東西税務署に分割されたこと、それ以降原告は江東西税務署の用務員として任用されてきたのであるが、同署の用務員としては原告のほかに従来江東税務署に勤務していた常勤の一般職公務員である前記の石橋正夫が配置されたこと、同年一一月二五日に新庁舎が完成し、同年一二月三日に同庁舎一、二階に江東西税務署、三階に江東東税務署がそれぞれ移転したこと、右移転後の右庁舎の清掃については、そのうち窓ガラスおよび床面のワックス清掃だけは専門業者に委託され、毎日の清掃は用務員が行なうものとし、江東西税務署では、前記石橋と原告の二名がこれを行なつてきたこと、昭和四〇年九月ごろ同庁舎南側の隣地に生コンクリート製造工場が建設され、その操業が開始され、生コンクリート製造過程で飛散するセメント粉末のため庁舎が汚れるようになつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。右争いのない事実と〈証拠〉によると、原告が任用された昭和四三年四月一日当時、被告は、前記庁舎の清掃全部を能率的且つ経済的に行なうため、これを外部の専門業者に委託する予定でいたものであるが、これが実施されると江東西税務署としては、用務員は常勤の一般職々員である石橋正夫一名で足り、原告は不要となるので、原告のためも考慮し、その実施を同年七月一日からとし、原告を前判示のとおり、従前同様、任期を一日とし、任用予定期間を右委託清掃実施予定の直前である同年六月二七日までと定めて任用したものであることが認められる。

右認定の事実によれば、原告を任用するに当たり前示のような任期ないし任用予定期間を定めるについては、これを必要とする特段の事由があつたものというべきであり、また右認定の事実と用務員の職務が公務とはいつても、庁舎の清掃その他の単純な肉体的労務を内容とするものであつて、直接に公務の運営にたづさわるものではないことを考慮すると、原告を任用するに当たり、前示のような任期ないし任用予定期間を定めたことは、いまだもつて国公法のとる前記のような建前に反するものではないと思料される。

右のとおりとすると、原告の任用に付せられた任期の定めは、国公法上許されるものであつて、有効なものといわなければならない。

(三)  任期満了による退職

1 国公法第一次改正法律付則第三条によつて準用される労働基準法第二一条但書、第一号、第二〇条第一項本文の規定により、原告のように日々雇用された職員が一か月を超えて引き続き使用されるに至つた場合、被告が該職員との日雇契約の締結を拒否しようとするときは、少くとも三〇日前にその予告をするか、または三〇日分以上の平均賃金を支払わなければならないものと解される。そして、〈証拠〉を総合すると、被告(江東西税務署長)は、昭和四三年五月二三日ごろ原告に対し、同年六月二七日限り、任用更新はしない旨告げたことが認められる。

2 再抗弁について

期限付任用が期限の定めのない任用に転化するという原告のいわゆる転化論がいかなる事実主張であるかは明確を欠くが、期限付任用が長期間継続されるという事実があれば、これを間接事実として、期限の定めのない任用という要証事実の存在が推認さるべきであるという主張と善解しても、この主張は理由がない。公務員の任用は、厳格なる要式行為であつて、任用が期限付であるか否かは、通知書の記載によつて決定される。期限付任用を長期間更新したとしても、このことから期限の定めのない任用の存在を推認し得るものではないからである。また右の主張を期限付任用が七か月または一年間継続したときは、これを法律要件として、期限の定めのない公務員関係という法律関係が発生するという主張と善解しても、この主張は理由がない。労働基準法第二一条但書、国公法第五九条および第六〇条も、このような法律効果発生の要件を規定したものではないし、また解釈によつてそのような理論を導き出すこともできないからである。したがつて、原告の右主張は採ることができない。

3 以上のとおりであるから、原告は昭和四三年六月二七日の経過をもつて、同日の任期満了により、当然退職したものといわなければならない。

三右のとおりであるから、原告の第三次予備的請求も理由がない。

第三結び

よつて原告の本訴請求は、いずれもこれを棄却することにし、訴訟費用の負担については、民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(岩村弘雄 宮崎富哉 飯塚勝)

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